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うすいビールを飲み干して鳥たちはまた飛んだ
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 スパルヴィエロは、舌から喉まで焼けそうな酒をなんでもなさそうに一口飲んで、
 ボトルを腰のフックに引っ掛けます。
 履き慣れたブーツの靴底の模様が、厚くて白い絨毯に点々と道を作っていきます。

 これは緑の遺跡を歩いた頃より、もうすこし後のお話です。







  「お前のおやじさんが」

 真っ白な雪の絨毯と、真っ白な屋根と、灰色の空と、疎らに並ぶお墓が、その集落の風景です。
 家々は色褪せた煉瓦で造られていて、中に入ってしまえば暖炉の力もあり、案外寒くもありません。
 スパルヴィエロは酒瓶を、差し出されたカップに持ち替えて、じんわり薫るコーヒーを一口、啜ります。

  「見せたいっつってたんでな。
  この国のずっと南、八つばかり向こうの国に、年中花の咲いた村があるって」

 スパルヴィエロの正面で、子供が小さなお土産を眺め回しています。
 子供はこの家のあるじです。子供ひとりにはいささか持て余す広さのこの家の、唯一の住人であり、あるじです。

 「随分掛かったぜ。また此処に届けに来ようにも見つかりゃしねえしよ。
  なんであんな場所を知ってんのかと思ったが、今思えばカマ掛けられたのかも知れねえな」
 「やっつ向こうに国があるなんて、しらなかった」
 「そうかい。少なくともその向こうにゃ国なんざ十はあんぞ」

 スパルヴィエロのお土産は、摘んで随分経った今もぴんと茎葉を伸ばした花です。
 白くて丸っこい花びらが空から降りてくる雪みたいで、子供は物憂げな顔立ちをさっきから綻ばせています。

 冬なのか違うのかなんてよくわからない、雪が降ってばかりの谷です。
 地名として与えられた名前は他にありますが、この辺りの地図では、戦士の谷、と、簡素に名付けられています。

 スパルヴィエロがカップを置くと、子供の、犬の形をした大きな耳がぴくりとこちらを向きます。

 「ここは、おまえの他は爺さん婆さんばっかりだな」
 「…そんなこと、ない。みんな元気だ。爺さん婆さんなんて言ったら、おこられる」
 「そうかい。それなら尚更、おまえに出来る事なんざねえよ」

 ぱちぱちと、暖炉の中で小さな音が弾けています。その音さえ響くくらいに、部屋は静かです。

 「ひとってもんが守る側と守られる側だけに分けられると思ってるうちは、前線なんかに立つもんじゃねえのさ」

 子供は押し黙って、じっと手の中の小さな花を見つめています。もう片方の手の、十字架でしょうか、この谷に伝わる宗教の祭具を握りながら。
 ゆっくり閉じた瞬きの音さえ届きそうなくらいに、部屋は静かです。


 「まあ、構いやしねえさ、俺は所詮余所者だ。
  だが、お前、死ぬ前に一度くらいでいい。 辛気臭え家から出て、
  “神様”があたえてくださった庭をぐるりと見て回って来いや」

 スパルヴィエロは、空になったカップを持ち上げて、素朴な細工を眺めています。
 子供は、暖炉の火が弾ける音や布が擦れる音以外に聴く音が無いから、スパルヴィエロの声を聴いています。








「阿呆みたいにだだっ広くて、散らかっていて、 
今までてめえの覚えたもん、知ってるもんに拘んのも阿呆らしくなるくらい、
そんな事を延々考える時間があるくらい、
そんな時間を過ごしても死なないくらいには俺達は生きていていいし、
まずその花一つ摘んで来るにも、そのくらいに遠いんだ」
 



チョコレート・ソルジャーの油断


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