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うすいビールを飲み干して鳥たちはまた飛んだ
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 肺の底まで蜂蜜で満たされたような、甘ったるい香りでした。
 スパルヴィエロが椅子によじ登って窓の外に目をやれば、
 淡い色の蝶々が陽だまりを通り過ぎていく、そんな季節でした。






斑雪にバタフライ・フリップ




「なるほど、みたまま」

 欠伸交じりにそう言ったら、女の子からは「あんた一応しゃべれるのね」と返ってきました。


 これは、偽者の空を掲げたあの緑の遺跡を歩くより前のお話です。
 だからスパルヴィエロは、今あなたがもし彼を知っているならそれよりももう少し体が小さくて、舌の痺れがもっとひどくて、お酒を舐める前には匂いを嗅いだりします。
 この里に着いてから宿屋に案内してくれた女の子も、そんなスパルヴィエロと同じくらい小さい体をしていました。

「そ。花の村。ときどきいきだおれの旅のひとが、あのへんたおれてんだよね。
 そんで目ぇさまして外見るといつも“おれも天国に来られたか…”なんていうわけ。わかるけどね」

 賑やかな港町から馬車に乗って、眠りこけて二晩ほど揺られて、それから大きくてなだらかな山をふたつほど越えた、その山の奥に村はありました。
 もともと穏やかな山道ではありましたが、途中、道端にぽつぽつと花が開いているのです。
 それを辿って土で均された道を歩いていくと、花は数も種類も増えていきます。
 終いには空をまばらに隠す木々の中にさえ、花と果実が見え始めて、そうしてこの村が現れるのです。

 志半ばに倒れた冒険者達もさぞかし、幸福な気持ちで眠りについたことでしょう。
 結局はこの宿屋のふかふかのベッドで目を覚ますのだけれど。

「でも、あんたはわざわざさがしてきたんだ?」

 この村の風習でしょうか。水を汲んだり、立付けを直している人々は皆それぞれに異なる花を身につけています。
 テーブルにことりとマグを置いた女の子も、白い花を編んだ冠を載せています。
 スパルヴィエロは、渡されたマグの中を覗き込みながら答えました。

「みやげな」
「みやげ?だれかに?」
「そー」

 女の子は顎に小さな手をやって、うーん、と首をひねりました。

「名物とかって、べつにないんだよね。観光地でもないし」

 一方スパルヴィエロは、自分で話を切り出したくせに、ぜんぜん悩んだようすはありません。
 女の子が――きっとこの宿屋の娘なのでしょう、キッチンの女将に尋ねている間も、マグの中のココアの香りなど嗅いで、とぼけた顔です。

 半分くらいまで減ったココアを置いて、スパルヴィエロは漸く、首元を隠す大きなスカーフの中に手を突っ込みました。
 テーブルをコンコンとノックして、女の子が振り向いたら、取り出した瓶を掲げて見せます。
 酒瓶ではありません。大きさで言うならワインのものくらいですが、傷一つ無い透き通ったガラスに蔦と葉と、小鳥の紋様が浮き彫りされています。
 ラベルは無くて、明るい色のコルクが蓋をしています。

「なあに、それ」
「くくく」

 確か、ふたつほど前に通った国で旅エルフに譲ってもらったものです。
 瓶の中には四角く形を作られた氷が入っています。瓶を揺らせば底を滑りますが、溶けているようには見えません。
 瓶の口は広くはないから出すのには少し苦労しながら、スパルヴィエロは借りたお皿に氷を落とします。
 すると、暖かいこの村ですから、お皿を傾けて滑らせる頃には少し溶けて通り道に水を残しました。

「うみのむこう、ナントカゆう、さむか国のもんちゃ」
「へっ?もしかしてアルトラントかい?アンタまた随分遠くから来たわねえ」
「…じゃ、この氷はここまでずうっと溶けなかったってわけ?」
「くくっ」

 スパルヴィエロも、こうして氷を入れて試していたくらいですから、やっと瓶を信じる事が出来ました。
 だからちょっとうろ覚えな旅エルフの顔を思い出しながら、心の中でもう一度お礼を言いました。


 これなら届けるまでは大丈夫です。


「ねんじゅう、ゆきばっかのとこでも、さくやつ」

 あとは、寒い寒い雪の中で瓶から出しても、しばらくは綺麗に咲いてくれる花を選んでもらいましょう。
 女の子と女将がきょとんとして顔を見合わせるのを眺めながら、


 スパルヴィエロは、くすくす笑っています。



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