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うすいビールを飲み干して鳥たちはまた飛んだ
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「俺がいつお前の為を思って動いたっつうんだ」






 腹がよじれそうだ、とでも云いたそうに、スパルヴィエロは口角を吊り上げました。
 いつもよりもはっきりした表情なのに、どうしてだかいつもよりもずっとむずかしい表情に見えて、
 旧友はすこし口を噤んで、次の言葉を待ちました。
 
 
 何秒でも何分でも待ちました。
 珍しく氷なんて入れてみたウイスキーの、深い飴色が薄くなるまで、待ちました。
 
 
「だが、二度目はお前だけだぜ。二度目に会ったのは」
「お前が戻れば、会えるんじゃあないのか」
「さあなあ。戻った事が無えから、知らねえや」
 
 
 スパルヴィエロが地図を買うことを始めてから、地図が4枚分くらいは変わった先で、
 その土地は、そこの地図でいうところの南東の外れでした。
 今は冬から春に移り変わる頃で、朝の空気が澄んで心地良いのだと旧友は言いました。
 その土地は、煉瓦造りの家がそれぞれ畑を抱えながら並ぶ、静かで穏やかな村でした。
 
 
「お前はどこに行くんだ?いや…今、何をしてるんだ」
「その日暮らし。楽なもんさ。見たい物が出来た時にそいつを見に行くだけだ」
「へえ。たとえば?」
「ここいらの有名な滝があんだろう。そいつを見に来たんだ」
「ああ、×××××の滝か。近いとあえて見に行く事も無いんだよな。どうだった?」
「ああ、壮観だったぞ。だがあいつは水だ。水が落ちていた、それだけさ」
「そういえば、ここに来るまでに×××の城壁もあったんじゃないか」
「ああ、並んで歩いて来た。立派な壁だった。崩れねえだろうな。戦争が起きなけりゃ」
「××××の塔は?×××××の双子灯台は?」
「ああ、そらもう高かった。初めてお前の腹を刺した時の俺の心臓はあのくらい跳ね上がってたな」
「じゃあ、もうこの辺にゃ見る所は無いな」
「そうだな。もう初めて見るもんは無いな」
 
 
 旧友のグラスのウイスキーは、スパルヴィエロの氷で薄まったウイスキーより、
 もうすこし薄まって、もうすこし味が違っていました。
 
 
「意味だの価値だの言ってるうちは、そいつは殺しても死にやしねえよ」
 
 
 グラスを傾けて、スパルヴィエロは笑いました。
 
 
「お前に会えて良かったよ」
 
 
 旧友は顔を上げました。
 あの頃に比べたら、何かがごっそり抜け落ちてしまったような目でした。
 
 
「俺も」
 
 
 ひどく疲れて、濁っていて、けれどもスパルヴィエロは「その方が恰好つくぞ」と笑いました。
 
 
 
「俺もお前に会えて、良かった」
 
 
 
 
 
 
 
その日、旧友が目を覚ましたのは自分の家のベッドの上でした。
傍らには小さな娘が体を丸めて収まって、くうくうと可愛らしい寝息を立てていました。
愛しい妻がちょうど顔を覗かせて、洗いたてのマグを拭きながら、「おはよう」と笑いました。
 
 
「あいつは?」
「あなたを担いで来てくれたの。陽気な方ね、少しお話しただけで楽しくなっちゃった」
「はは」
 
 
娘のやわらかい髪を優しく梳いて、彼も笑いました。
どうしようもなく涙の跡が残った顔は、おかしく強張ってしまって、
なんだかまだ泣いているようにも見えました。
 
 
 
 
 
「そうだろ。あいつは、そういう奴なんだ」
 
 
 
 
 
 
永年のクロンダイク
 
 
 
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