うすいビールを飲み干して鳥たちはまた飛んだ
「くくく」
ゆらゆら揺れる山の主の尻尾にじゃれながら、今日はご機嫌なスパルヴィエロです。
切り株に腰掛けた山の主は、ことこと揺れる鍋を時々かき回して、あとはぼんやり星空を眺めていました。
その後ろに陣取って、草の上で身体を伸ばすスパルヴィエロです。
動いた拍子に尻尾に顔が埋まっても、なんにも構ったことじゃありません。
「お前さんは熱燗が好きだなあ」
ウイスキーやワインの瓶とは違う、白くて丸っこい入れ物で、山の主はお酒を作ります。
口当たりもどこか丸くて、舌に触れてふわりと香るお酒でした。
文化が似ていると話していた蝶々の少女も時々同じようにして作っているから、きっとキモノの国のお酒なのでしょう。
「お前さんはどこさ行くんだい」
「んー?」
「なに、連れ合いに比べちゃ儂らはどうにも暢気なようでなあ。考えてみりゃあ、
そういやあ、お前さんは始めっから行き先も言っとらんじゃないか」
山の主のこどもたちは、ちらほらと集まっています。
スパルヴィエロは始めから、こどもたちを探すお手伝いを買って出ていたので、言ってしまえばそう、
山の主がこどもたちを数えて皆揃っていたら一緒に歩く理由はありません。
けれど、スパルヴィエロにも、この島を通る理由がありました。
山犬の髭が凍るほど、雪深い谷で出会った男がいました。
たった一人でライフルを担いだ彼と、吹雪の中で別れました。
こどもが生まれるのだと言っていました。自分はこの白と灰色の谷で育ったから、こどもには、
噂に聞いた花というやつを見せてやりたいのだと言っていました。
本当なら、もっと欲を言えば、花というやつが年中咲いているような暖かい場所で暮らしてほしいのだとも言っていました。
なんとすばらしいことだろう、妻には花が似合うに違いない、あれはとても綺麗で逞しいから、
こどもはそんな妻の乳を飲んで、どうかナイフで切るのは果物か紙にして、どうか冷たい鉄でなくて、
温かいなら血より涙で、どうか、こんなふうに自分と同じ景色を見る必要無く暮らす日が来るのなら、
言い聞かせるように語った夢に、どうしたって、彼自身は登場する事はありませんでした。
たった一人でライフルを担いだ彼と、吹雪の中で別れました。
こどもが生まれるのだと言っていました。自分はこの白と灰色の谷で育ったから、こどもには、
噂に聞いた花というやつを見せてやりたいのだと言っていました。
本当なら、もっと欲を言えば、花というやつが年中咲いているような暖かい場所で暮らしてほしいのだとも言っていました。
なんとすばらしいことだろう、妻には花が似合うに違いない、あれはとても綺麗で逞しいから、
こどもはそんな妻の乳を飲んで、どうかナイフで切るのは果物か紙にして、どうか冷たい鉄でなくて、
温かいなら血より涙で、どうか、こんなふうに自分と同じ景色を見る必要無く暮らす日が来るのなら、
言い聞かせるように語った夢に、どうしたって、彼自身は登場する事はありませんでした。
スパルヴィエロは、
ただの気まぐれでした。男はどうやら、林の木の枝から落ちてきた小さなスパルヴィエロを、
自分の見ているまぼろしか何かと思ったようで、だからたくさんのおしゃべりをしました。
大きな声で笑ったり、歌うように語ったり、
時にはライフルを構えるのをやめて身振り手振りをして見せるから、
スパルヴィエロはおしゃべりを聞きながら、すこうしどきどきしていました。
木のてっぺんから見えたから、スパルヴィエロは知っていました。
男が、吹雪のなか、見張りが大勢うろついているあのおおきな砦に入ってどうするのか、
スパルヴィエロは、尋ねませんでしたが、知っていました。
ただの気まぐれでした。男はどうやら、林の木の枝から落ちてきた小さなスパルヴィエロを、
自分の見ているまぼろしか何かと思ったようで、だからたくさんのおしゃべりをしました。
大きな声で笑ったり、歌うように語ったり、
時にはライフルを構えるのをやめて身振り手振りをして見せるから、
スパルヴィエロはおしゃべりを聞きながら、すこうしどきどきしていました。
木のてっぺんから見えたから、スパルヴィエロは知っていました。
男が、吹雪のなか、見張りが大勢うろついているあのおおきな砦に入ってどうするのか、
スパルヴィエロは、尋ねませんでしたが、知っていました。
スパルヴィエロは、
スパルヴィエロは、
スパルヴィエロは、今より小さかったから、男を止めました。
スパルヴィエロは、その日だけは気まぐれではなくなってしまいました。
スパルヴィエロは、
この日から約束というものが大嫌いです。
戦うことも嫌いですが、もうしばらくは死ぬことができないので、死なないために戦います。
スパルヴィエロは、
しらんぷりが得意になりました。
自分が果たすことすら叶わない約束を、交わすくらいなら始めから、しらんぷりしたほうがずっとまし。
スパルヴィエロは、
これは、スパルヴィエロも知ることがないことですが、
約束を交わしたのはこの一度だけでした。
長くも短くもない、人間として、生を受け名を持ち道を選び歩んだ時間の中で、この一度だけでした。
スパルヴィエロは、
スパルヴィエロは、今より小さかったから、男を止めました。
スパルヴィエロは、その日だけは気まぐれではなくなってしまいました。
スパルヴィエロは、
この日から約束というものが大嫌いです。
戦うことも嫌いですが、もうしばらくは死ぬことができないので、死なないために戦います。
スパルヴィエロは、
しらんぷりが得意になりました。
自分が果たすことすら叶わない約束を、交わすくらいなら始めから、しらんぷりしたほうがずっとまし。
スパルヴィエロは、
これは、スパルヴィエロも知ることがないことですが、
約束を交わしたのはこの一度だけでした。
長くも短くもない、人間として、生を受け名を持ち道を選び歩んだ時間の中で、この一度だけでした。
スパルヴィエロは、過ごした時間に似合わない身体をぷるりと震わせて、山の主の尻尾に埋まりました。
すこしひんやりしてきた風に、スパルヴィエロは呟きます。
「――――――― 覚えてらァ、きっちりこうして、運んでいるじゃねえか」
山の主がこちらを向いても、スパルヴィエロは、お得意のしらんぷり。
くすくす笑って、ウイスキーの余りをぺろりと飲み干しました。
山の主も、本当は分かっているのかもしれません。スパルヴィエロったら、酔っ払ってなんかいやしません。
そろそろ舌の痺れも取れた頃です。
スパルヴィエロは、結局その夜もただ、山の主とあたたかいお酒を交わしました。
「のう、おいちゃん」
ある日届いた、棲家のないスパルヴィエロには届くはずのない招待状。
高揚に弾む魔法の言葉が、あるいは緑の遺跡のあふれるいのちか、ひとを引き寄せる夢の島。
けれどね、けれど、
かなう夢などここにはないのが、すっかり分かったスパルヴィエロです。
必要な夢などここにはないのが、本当は分かっていたスパルヴィエロです。
そうなのでしょう?
「おれァ、いくつでくたばるかな?」
鋭角にポーラー・ショート・カット
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